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最高裁判所第三小法廷 平成7年(ク)233号 決定 1995年6月14日

《住所略》

抗告人

野口泰生

《住所略》

抗告人

嶋田元

右両名代理人弁護士

竹内桃太郎

大澤英雄

山西克彦

伊藤昌毅

《住所略》

相手方

森田暁

《住所略》

相手方

斎藤洋

《住所略》

相手方

濱嶋健三

《住所略》

相手方

岡田英夫

右抗告人らは、東京高等裁判所平成6年(ラ)第840号、第843号、第845号担保提供申立却下決定に対する抗告、担保提供決定に対する抗告、担保提供命令申立一部却下決定に対する抗告について、同裁判所が平成7年2月20日にした決定に対し、更に抗告の申立てをしたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件抗告を却下する。

抗告費用は被告人らの負担とする。

理由

民事事件について最高裁判所に特に抗告をすることが許されるのは、民訴法419条ノ2所定の場合に限られるところ、本件抗告理由は、違憲をいうが、その実質は原決定の単なる法令違背を主張するものにすぎず、同条所定の場合に当たらないと認められるから、本件抗告を不適法として却下し、抗告費用は抗告人らに負担させることとし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 尾崎行信)

●特別抗告状(平成7年2月28日付)

特別抗告状

《住所略》

特別抗告人(原告) 野口泰生

《住所略》

同(亡原告嶋田かよ訴訟承継人)

嶋田元

《住所略》

右特別抗告人両名訴訟代理人

弁護士 竹内桃太郎

同 大澤英雄

《住所略》

同 山西克彦

同 伊藤昌毅

《住所略》

相手方(被告) 森田暁

《住所略》

同 斎藤洋

《住所略》

同 濱嶋健三

《住所略》

同 岡田英夫

右当事者間の東京高等裁判所平成6年(ラ)第840号担保提供申立却下決定、平成6年(ラ)第843号担保提供決定に対する抗告事件及び同845号担保提供命令申立一部却下決定に対する抗告事件につき、同裁判所第12民事部が平成7年2月20日なした左記決定は、憲法第32条の裁判を受ける権利を侵害するものであり、承服できないので特別抗告を申し立てる。

原決定の表示

一 第843号事件

1 原決定主文第一項中、本案被告森田暁及び同斎藤洋に関する部分を取消す。

2 右取消に係る部分の本案被告森田暁及び同斎藤洋の申立てを却下する。

3 その余の抗告を却下する。

二 第845号事件

原決定中、本案被告濱嶋健三及び同岡田英夫に関する部分を次のとおり変更する。

1 本案原告らに対し、東京地方裁判所平成5年(ワ)第14330号株主代表訴訟事件の訴え提起の共同の担保として、本決定の送達を受けた日から14日以内に、本案被告濱嶋健三及び岡田英夫につき、本案訴訟事件の訴状の請求原因事実第三の一に基づく請求につき、それぞれ1000万円、同第三の二に基づく請求のうち、それぞれ1000万円、同第三の四に基づく請求につき、それぞれ1000万円を供託することを命ずる。

2 本案被告濱嶋健三及び同岡田英夫のその余の申立てを却下する。

特別抗告の趣旨

一 第843号事件

1 原決定の主文第三項を取消す。

2 本案被告らの本件申立てをいずれも却下する。

二 第845号事件

1 原決定主文第一項を取り消す。

2 本案被告らの本件申立てをいずれも却下する。

との裁判を求める。

特別抗告の理由

追而特別抗告理由書にて主張する。

添付書類

一 訴訟委任状 2通

平成7年2月28日

右特別抗告人両名代理人

弁護士 竹内桃太郎

同 山西克彦

同 伊藤昌毅

同 大澤英雄

最高裁判所 御中

●特別抗告理由書(平成7年3月27日付)

特別抗告理由書

特別抗告人(原告) 野口泰生

外1名

相手方(被告) 森田暁

外3名

右当事者間の平成7年(ラク)第98号特別抗告事件について、特別抗告人は次の通り特別抗告理由を陳述する。

平成7年3月27日

東京高等裁判所第12民事部 御中

右特別抗告人両名訴訟代理人

弁護士 竹内桃太郎

同 山西克彦

同 伊藤昌毅

同 大澤英雄

第一 概要

一 本件代表訴訟は、蛇の目ミシン工業株式会社(以下「蛇の目ミシン」という)の個人大口株主であり(原告両名の所有株式は合計で約50万株)、経歴的にも蛇の目ミシンに関連が深かった両名が原告となって、旧埼玉銀行から取締役として派遣された被告らが、善管注意義務・忠実義務に違反して同銀行の利益を図るため蛇の目ミシンに莫大な損害を与えたことにつき、その責任を追及しようとするものである。

二 本案原告嶋田元(以下「嶋田」という)は、元本案原告故嶋田かよ(以下「故嶋田かよ」という)の訴訟承継人であるが、同人は蛇の目ミシンの中興の祖といわれた元同社代表取締役社長嶋田卓弥の未亡人であり、同人が築き上げた蛇の目ミシンが本案被告小谷光浩や同濱嶋健三(以下「濱嶋」という)及び同岡田英夫(以下「岡田」という)等旧埼玉銀行から送り込まれた役員の手によって、現在のような状態に追い込まれたことを生前強く無念に思い本案訴訟を提起したものである。そして、故嶋田かよの実孫でもある嶋田は、故嶋田かよの遺志を継ぐことを決意したのである。

また本案原告野口泰生(以下「野口」という)は、長年蛇の目ミシンに奉職していたが、同社の子会社である株式会社蛇の目不動産(以下「蛇の目不動産」という)の副社長在任中、濱嶋及び岡田が旧埼玉銀行の威を借りて蛇の目ミシン及び蛇の目不動産等の負担の下に、旧埼玉銀行の利益確保に狂奔していたことに強い憤りの念を抱いていた。

このため野口及び故嶋田かよは、本件代表訴訟提起に先立ち、共同して濱嶋及び岡田の取締役解任を求める株主提案権の行使を行ない、更に蛇の目ミシンが小谷に株式を買い占められて株主数が減少し東京証券取引所第一部上場基準を維持できなくなったときは、蛇の目ミシンの従業員に時価の約半額という廉価で同社の株式を提供し、上場の維持に協力してきた。

以上の本案原告らの履歴及び従前の行動に鑑みれば、両名が真に蛇の目ミシンのことを思い、その利益のためにのみ行動してきたものであることは明らかであるにも拘らず、第1審決定及び原審決定は本案原告らを総会屋や運動株主など株主権の濫用者と同列に扱い、原審決定はこれに合計6000万円もの多額の担保提供を命じているのである。

三 ところで担保提供制度は、いわゆる会社荒らしに対処するために設けられたものであり、総会屋などプロ株主や特定の主義主張に基づく運動にこれを利用するものが、株主権を濫用して代表訴訟を提起することを抑止することを目的としている。

右の担保提供制度の趣旨に照らせば、原審決定は、株主の是正監督権の行使という、株主代表訴訟の制度趣旨に合致する本件代表訴訟を提起した本案原告らに対し、制度の濫用者に対するのと同様の巨額の担保提供を命じているのであるが、これが正当な本件代表訴訟の維持を実質的に不可能ならしめ、憲法の保障する裁判を受ける権利を侵害するものであることは明らかである。

第二 原決定の「悪意」認定基準の不当性について

一 原審決定は、第一審決定と同様に、「悪意」の内容について本来これから始まる本案についての審理の中で主張立証さるべき問題に踏み込んで、「原告が請求原因として主張する事実をもってしては請求を理由あらしめることができない場合(主張自体が失当である場合)、請求原因の立証の見込みが極めて少ないと認められる場合、又は、被告の抗弁が成立して請求が棄却される蓋然性が高い場合などがあげられる」と判示しているが、これが不当であることはつとに原審にて本案原告らが明らかにしているところである。

即ち、

〈1〉 請求が主張自体失当の場合は別として、その基礎となる事実の主張は、訴訟提起の段階ですべてが確定してしまうものではなく、訴訟の進展に応じて変動し得ることは我々が日常的に経験するところである。このことは株主代表訴訟においても変わるところはなく、かえって、証拠資料を被告側のみが独占的に利用できる代表訴訟では、被告側の本人尋問や被告提出の書証の他証拠との矛盾から事実を究明する機会が十分予想され、訴状の主張事実の変更の可能性は他の訴訟よりは高いことはやむを得ないと思われる。

〈2〉 立証については、本来、請求を基礎づける事実の立証は、本案の審理の中でかつ正規の証拠調べ手続きで行うべきものであって、本案以前の担保提供事件の中で深入りすべきではない

のである。

二 これに対し原審決定では、後に述るように、理由らしい理由も付することなく、いとも簡単に「本案訴訟で証明することができる見込みは極めて少ないと認められる」などとして「悪意」の存在を認定している。

原告側として、担保提出手続きの中で手持ちの証拠を被告側にすべて開示したのでは、被告側が圧倒的に多くの社内資料を証拠として利用できる状況の中で、今後の訴訟戦術に支障を来す恐れがあるので、被告側の疎明については控え目な反証しかしなかったという経緯はあるが、原審決定のような解釈をとるとすれば、結果として原告側のみに一方的に手持ちの証拠の事前開示を強制することになりかねず、甚だしく不合理であるばかりか、当事者間の公平を著しく害す結果となり、公平な裁判を受ける権利が実質的に失なわれることとなる。

第三 担保提供の対象たる個別の請求について

一 本案訴状請求原因第三の一の事実について

1 原審決定は、ジェー・シー・エルの首都圏リースに対する300億円の貸金債務について蛇の目ミシンが保証及び物上保証を行い、更に濱嶋及び岡田が右保証及び物上保証の無効を主張せず蛇の目ミシンの損害を確定させた点について、「本案原告らが主張する保証等の契約の無効事由は、小谷らの恐喝行為にかかわることあるいは右保証等についての取締役会の決議に瑕疵があったことをいうもののようであるが、主張自体極めて曖昧かつ漠然としているし、小谷が恐喝事件で刑事訴追を受けていることが窺われるものの、蛇の目ミシンがした保証等の契約に無効原因があり、本案被告濱嶋及び同岡田が債務引受をした当時これを主張することが可能であったことを本案訴訟で証明することができる見込みは極めて少ないと認められる。」と特に理由らしい理由を付することなく「証明の見込」が薄いと断じ、「悪意」の存在を認定している。

2 しかしながら、原審及び第1審において本案原告らは、〈1〉右保証等の契約の無効事由として、右保証等の被担保債権であるジェー・シー・エルの首都圏リースに対する貸金債権なるものの実態は、旧埼玉銀行側が小谷光浩に喝取されたものであり、これを蛇の目ミシンが保証する必要性は全くなかったことを主張しているのである。

更に本案原告らは、本案訴訟においても〈1〉右保証等については有効な取締役会決議が存在しないこと、〈2〉旧埼玉銀行及び首都圏リースは、右の事情について悪意であったこと、〈3〉従って本件保証等は、首都圏リース及び旧埼玉銀行との関係においては民法第93条但書の類推適用により無効であること、を明らかにしている。

即ち、〈1〉取締役会決議が欠如していることについて、「本件物上保証等の負担はその莫大なる金額からして蛇の目ミシンにおいて事前の取締役会の承認を要するところ、これについては右に述べたとおり旧埼玉銀行派遣の斎藤が伊地知頭取他の少数の旧埼玉銀行首脳と協議したのみであって、蛇の目ミシンの事前の取締役会決議は存在しない。強いていえば、平成元年8月8日に右物上保証等の負担を追認したかの如き取締役会決議がなされたようであるが、ここでは300億円が小谷に喝取されたものとの説明は一切なく、ジェー・シー・エルの業務拡張を目的とする旨の虚偽の説明がなされ、事情を知らない大多数の取締役を錯誤に陥れて決議を成立せしめているのであって、法の定める取締役会制度の趣旨に照らし、とても本件物上保証等の負担を合法化し得るものではない。」と、又、〈2〉首都圏リース乃至旧埼玉銀行側の悪意については、「首都圏リースを含む旧埼玉銀行は、森田、斎藤等を蛇の目ミシンに送り込むなどして株式買い占めの問題等小谷ないし光進への対応の主導権を握り、頭取を始めとする同行の最高首脳が森田、斎藤等に直接指示し、承認を与えるなどしていたものであって、当然のことながら、本件物上保証等の負担が小谷に喝取された300億円の回収を蛇の目ミシンから行わんとする便法であり、手続き的にも蛇の目ミシンの適法な取締役会決議を欠くことを熟知していた。」ことを主張しているのである。

そして、〈3〉判例上は代理人乃至代表者が自己又は第三者のために代理権乃至代表権を濫用した場合に、民法93条但し書きを類推適用して、相手方が代理人乃至代表者の意図を知っていたか、知り得べきだったときに限り、本人は無効を主張できると解されているのである(最判昭42・4・20)。

以上の次第であるから、「主張自体極めて曖昧かつ漠然としている」との原審決定の認定が誤まりであることは明らかである。

3 次に立証可能性の問題であるが、そもそも担保提供命令申立の時点で立証可能性について踏込んだ判断を行うことの当否は措くとしても、本案原告らは、原審において、「このことは会社の取締役会議事録や小谷の恐喝事件の証言記録などにより、十分立証可能である。被告両名が蛇の目ミシンの取締役に就任後は、この法的に問題があり社内でもその効力に疑問が出されていた保証と抵当権設定問題について、旧埼玉銀行側に対してその無効を主張して同社の損害を軽減ないしゼロとすることが可能であったことは、主として法的問題であるから立証不要ないしは容易に立証できることである(法的には損害の回避が可能でも事実上不可能というのであれば、それは被告両名の反証すべき事実である)。実際には、被告両名がそれとは正反対の行動をとり会社の損害を最終的に確定させたものであって、このことも、当時の取締役の証言等を得ることによって立証可能である。」として、具体的に証拠方法の存在を摘示してその立証可能性が高いことを主張しているのである。

しかるに原審決定は、これら具体的な証拠方法の内容は勿論、その存在にすら触れることなく、「蛇の目ミシンがした保証等の契約に無効原因があり、本案被告濱嶋及び同岡田が債務引受を決定した当時これを主張することが可能であったことを本案訴訟で証明することができる見込みは極めて少ないと認められる」と判示しているのである。

本案原告らとしては、前述のとおり担保提供命令の段階で具体的な証拠の中身まで踏み込んだ判断をすることは、原告のみに一方的に証拠開示を要求する結果となることから、それ自体不当であると思料するが、仮に裁判所が右のように担保提供命令の審理の段階で具体的な立証の可能性について判断するのであれば、その旨を審理の途中で明示した上で「証拠開示」を求めるべきである。

しかるに原審決定は、本案原告らが具体的な証拠の存在を明示しているにも拘らず、内容については勿論、その存在についても本案原告に開示を求めることも、また自ら判断することもなく、「本案訴訟で証明することができる見込みは極めて少ない」と断じているのである。

このような原審決定の判示内容は、担保提供命令の制度趣旨を等閑視して、代表訴訟の原告にのみ過大な負担を課す結果となるばかりか、具体的な審理の過程においても本案原告の主張について判断することさえせず、多額の担保提供を命じたものであり、これが本案原告らの裁判を受ける権利を侵害するものであることは明らかである。

二 本案訴状請求原因第三の二の事実について

1 光進の東亜ファイナンスに対する250億円もの負債を、資力のないニューホームクレジットが免責的に引受け、且つこれに蛇の目不動産が担保を提供することが蛇の目不動産ひいて蛇の目ミシンに損害を与えるものであること、及び「右担保提供も蛇の目ミシンの役員らの決定、指示によるものであると推認される」ことは、原審決定もこれを認めているところである。

また、小谷の個人会社であり従って信用力の乏しい光進に対する東亜ファイナンスの債権が、右担保提供により価値の裏付けを得たことは、取りも直さず蛇の目不動産及び蛇の目ミシンの負担のもとに、東亜ファイナンスを始めとする旧埼玉銀行側及び小谷乃至光進が利益を得たものであることは明らかである。

そして、このように東亜ファイナンスを始めとする旧埼玉銀行側及び小谷乃至光進等の第三者の利益を図ることだけを目的とした行為は、取締役会決議の有無を問わず会社の機関の権限濫用に該当し、民法93条但書の趣旨の類推により、悪意又は重過失の相手方にその無効を主張し得るものであること、また東亜ファイナンス等の旧埼玉銀行側及び小谷乃至光進がこの間の事情を熟知していたこと、従って右担保提供が東亜ファイナンス他の旧埼玉銀行側及び小谷乃至光進との関係で無効であることは、原審において本案原告らが主張したとおりである。

このように担保提供そのものが無効なのであるから、蛇の目ミシンとしては債務を確認する必要など一切無かったにも拘らず、濱嶋及び岡田は旧埼玉銀行側の利益を図るため、蛇の目ミシンの取締役会を威迫誘導して右債務を「確認」する弁済協定を締結せしめたものであり、従ってこれが濱嶋及び岡田の蛇の目ミシンに対する善管注意義務違反乃至忠実義務違反に該当することは明らかである。

2 次に立証の問題であるが、右各事実のうち、東亜ファイナンスに対する担保提供が第三者を不当に利し蛇の目ミシンに損害を与えるものであることは、特段の立証を待つ迄もなく明らかである。

そして本案原告らは、原審において、右担保提供に関する旧埼玉銀行側の悪意及び協定締結の経緯についても、当時の取締役会議事録、小谷の恐喝事件の証言記録及び当時の取締役の証言などにより十分立証可能であることを主張済みである。

しかるに原審決定は、ここでも「本案原告らは、右本案被告らは、平成4年6月11日の協定書によって、ニューホームクレジットが小谷の東亜ファイナンスに対する債権を引き受け、蛇の目不動産がこれに担保提供したことにつき、弁済を確認することによって、損害を確認させたと主張するが、右債務引渡や担保提供が無効であるという主張自体が漫然としており、その立証の見込みが極めて少ないと認められ」るとして、本案原告らの主張に対する判断を行なっていないばかりか、証拠の存在について触れることすらせず、理由らしい理由を付すこともなく「その立証の見込みが極めて少ない」と断じているのであるが、このような判断により本案原告らに多額の担保提供を命じることは、本案原告らの裁判を受ける権利を侵害しひいて株主代表訴訟制度の趣旨を没却するものである。

三 本案訴状請求原因第三の四の事実について

本案訴状請求原因第三の四の事実である、小金井第二工場の売却についても、担保提供行為が無効である場合には、すでに物的担保を負うものが担保物を売却してその売却代金を弁済に充てたことにより売却代金相当額の損害が生じることは、原審決定も認めているところである。

ところで小金井第二工場に対する抵当権は、小谷の日本リースに対する390億円の負債について、小谷と安田が旧埼玉銀行側と謀り、右債務を埼玉銀行の関連会社ではあるが資力のないジェー・シー・エルに肩代わりさせるに際し、蛇の目ミシンに右債務の担保として提供せしめたものである。

即ち右担保提供は、信用力の乏しい小谷に対する日本リースの債権に、蛇の目ミシンの負担のもとに価値の裏付けを得させしめるという、第三者たる日本リース及び小谷の利益を図ることだけを目的とするものであり、会社の機関の権限濫用行為に該当する。

従って右担保提供は、民法93条但書の趣旨の類推により悪意又は重過失の相手方にその無効を主張し得るものであるところ、日本リース側及び小谷はこの間の事情を熟知していたのであるから、これが日本リース側及び小谷との関係で無効であるは明らかである。

このように右担保提供が無効であるにも拘らず、濱嶋及び岡田は蛇の目ミシン内部の反対を押し切って右第二工場の売却を急ぎ、その売却代金を日本リースへの弁済に充て蛇の目ミシンに同額の損害を与えたものである。

しかるに原審決定は、これまた理由らしい理由も付することなく「本件においてその立証ができる見込みは極めて少ないといわざるを得ない」と断定し、本案原告らの悪意を認定しているのであるが、このような判断により本案原告らに多額の担保提供を命じることが本案原告らの裁判を受ける権利を侵害しひいて株主代表訴訟制度の趣旨を没却するものであることは明らかである。

四 結論

1 以上のとおり、本案訴状請求の原因第三の一、二及び四の事実は、既に行われた蛇の目ミシン又は蛇の目不動産による担保提供が、何れも旧埼玉銀行側若しくは日本リース又は光進若しくは小谷という第三者の利益を図る為に、蛇の目ミシンの利益に反してなされたもので無効であることを前提とするものである。

そして濱嶋及び岡田は、蛇の目ミシンの取締役就任後、本来ならばこれが無効であることを前提に蛇の目ミシンの利益を守るため最大限の努力を傾注すべき義務があるにも拘らず、逆にその出身母体である旧埼玉銀行又は日本リースなどの第三者の利益を図るため、右の無効な担保提供等を何れも既成事実化し蛇の目ミシンの損害を現実のものとしたのである。

2 ところで本案訴状請求の原因第三の一の事実中の蛇の目ミシンによるジェー・シー・エルの首都圏リースに対する債務についての保証提供、同二の事実中の東亜ファイナンスに対する光進の債務についての蛇の目不動産の担保提供、同四の事実中の小谷の日本リースに対する債務(及びこれを肩代わりしたジェー・シー・エルの債務)についての蛇の目ミシンの担保提供が、何れも蛇の目ミシンにとっては何の見返りもなく新たな負担を引受けるだけで合理的必要性のない行為であることは、特段の立証を待つまでもなく明らかである(このような一方的な担保の提供を合理化乃至適法化せしめる事情が存在するとしても、それはその合理性乃至適法性を主張する側が立証すべき事実である)。

このように本案訴状請求の原因第三の一、二及び四の事実中の各担保又は保証提供は、何れも蛇の目ミシンの負担の下に第三者の利益を図るためになされたものであり、またこのような専ら第三者の利益を図るために行われた会社の機関の行為が、民法93条但書の趣旨の類推により悪意又は重過失の相手方にその無効を主張し得るものであることは判例上明らかである。

しかも本案原告らは、右の事実関係についての立証方法として、小谷の恐喝事件において行われた、濱嶋等の証言記録等、具体的な証拠提出の準備がある旨を再三主張しているのである。

しかるに第1審及び原審決定は、本案原告らの右主張に対する判断も証拠についての見解も示すことなく、これら各担保及び保証提供行為が「無効である旨の主張が曖昧で漠然としている」又はその「立証の可能性は極めて乏しい」と判示して、多額の担保及び保証提供を命じているのであるが、これが事実上本案原告ら真摯な株主による株主代表訴訟の遂行を事実上困難ならしめ結果としてその裁判を受ける権利を奪うものであることは明らかである。

第四 担保金額について

一 原審決定は、前述の通り担保提供を命じる理由として、本案原告らが請求原因事実を「本案訴訟で証明することができる見込みは極めて少ない(請求原因第三の一)」「その立証の見込みが極めて少ない(同二)」、「その立証ができる見込みが極めて少ない(同三)」と、また担保額について「本案被告らに予想される損害、「悪意」の疎明の程度、その他諸般事情を考慮すると、本件において命ずべき担保の額は、各本案被告ごとに、また各請求ごとに、1000万円を似て相当と認める」と、それぞれ判示している。

このように原審決定は、被告各自ごとに合計3000万円という極めて高額の担保提供を命じているのであるが、本案訴訟が「被告の抗弁が成立して請求が棄却される蓋然性が高い場合」に該当する、即ち被告側に積極的な訴訟活動が要求されると認定したのであればとにかく、「本案訴訟において原告等がその請求原因事実を立証できる見込みが極めて少ない」こと、即ち反証乃至抗弁の提出を余儀なくされる等被告側が本案訴訟において過重な訴訟活動を強いられることはないこと、換言すれば被告らに多額の損害が発生する可能性はないと認定しながら、このような多額の担保提供を命じることは、論理矛盾というべきである。

二 各請求原因事実の共通性

本件代表訴訟は、要するに小谷による株式買占め問題の解決にあたり、旧埼玉銀行から蛇の目ミシンに送り込まれてきた濱嶋及び岡田が、蛇の目の負担の下に旧埼玉銀行等第三者の利益を図るために行なった一連の行動をその請求原因事実とするものであり、それぞれの事実の間には強い関連性がある。従って各請求原因事実毎に、本案原告の攻撃方法は勿論、濱嶋及び岡田の防御方法にも強い共通性があるのであるから、全請求において一括して担保金額を決定するのであればとにかく、本案訴訟の各請求原因事実毎に担保金額を決定した原審決定の判断は根拠を欠くものといわざるを得ない。

三 濱嶋及び岡田の関係

濱嶋及び岡田は、ほぼ同時期に何れも旧埼玉銀行から蛇の目ミシンに送り込まれ、同社において共通の行動に出ていたものである。それ故本案原告らが本案訴訟で主張した請求原因事実も、濱嶋及び岡田については殆ど共通したものとなっているのである。

また濱嶋及び岡田も、本案訴訟及び担保提供命令を通じて同一の弁護士を訴訟代理人に選任しており、実際の訴訟手続も、例えば内容も文言も酷似した陳述書(疎甲第1号証及び同第2号証)を担保提供申立事件の審理で提出する等、完全に共通しているのである。従って右両名についてそれぞれ独立に担保提供を命じた点においても、原審決定は不当というべきである。

四 以上のとおり、仮に本案原告らに担保提供の必要があるとしても、原審決定は本案原告らに「悪意」があると認定した根拠として、本案訴訟において本案原告らがその主張する請求原因事実を証明する見込みが極めて少ないことを上げながら、その同じ事情が本案訴訟において本案被告らが現実に負担するであろう訴訟遂行上の負担は低いと認められる根拠ともなることを看過したばかりか、各請求原因事実及び濱嶋及び岡田間の訴訟活動の共通性を見落として、事実上提供が極めて困難な程の高額の担保提供を命じたものである。

このように原審決定は、明確な根拠もなく事実上提供が著しく困難な程高額の担保提供を命じたものであり、この意味においても本案原告らの裁判を受ける権利を著しく侵害するものといわざるをえない。

以上

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